この小説は「まいログTCG研究室」の二次創作になります。
Discord内のまいログチャンネルを基にしたネタが登場しますのでご注意ください。


食器の割れる音が店内に響く。

不満げなお客様の顔。

 
…もういつものことだ。

でも…、

「おい!はやくしろよ!」

「す、すいません!いま伺います!」

「まーたなのか!評判下がるだけだからこれ以上は辞めて欲しいなぁ?」

「すいません、すいません…!」

 
出来がそんなに良いタイプではないのはわかってる。

でも、だからって何でこんな目ばかり遭わなきゃいけないんだろう。

 
「オイ!まだてめーいんのか!?さっさと注文取ってこい!」

 
もう…嫌…。

 
「まぁまぁ、もう少し大目に見てあげてもいいんじゃないかな?ちょっと行き過ぎだと思うよ?」

「お客さん、これは躾なんだよ。躾」

「なら店長さん、周り見てごらんよ?とっくにカメラはこっちを向いてるよ?」

 
見ると他テーブルの数人のお客様がスマホのカメラをこちらに向けている。

 

「…!チィ…モタモタすんな!」

 

奥に戻っていく店主。

 

「…怖かったよね?でももう大丈夫。」

「ありがとうございます…。」

「無理なんかしなくて良いんだよ。できないことはできないんだからね。」

 
何度も私を助けてくれたあの人。

……なのに…なのに私は、

 

 どうしてか、あの人を好きになれなかった。

 

ーーーーーーーーーー

 
TCGまいログカフェ、カードゲームと携帯ゲームを取り扱ってるちょっと変わったカフェです。

 
すぅ「………。」

葉月「おねーちゃーん♪」

 
カフェです。

 
シフォン「~~♪(食器の手入れ中)」

すぅ「…………。」

まい「………(ネットの記事製作中)」

葉月「ふみゅ~。」

 
カフェで…、

 
すぅ「……って、いつからわたしの仕事は子守になったんですか!!?」

シフォン「いつからって、ここのところほぼ毎日ではなくて?」

すぅ「ここカフェですよね?託児所じゃないんですよ?」

シフォン「でも満更でもないでしょう?」

 


そりゃリアルに懐いてくれる女子小学生なんて確かに可愛いですけど!

お店の中は私たちと葉月ちゃんだけ。

客足が少ない日がないわけではないけど、こんなものの見事にお客さんが来ないのも珍しい。

 
すぅ「だからってこんなベタベタくっつかれたら仕事にならないから!葉月ちゃん離れて!」

葉月「やーやー!」

まい「今んところそんなに仕事ないから安心していいよ?すぅ。」

すぅ「それ軽く見捨ててますよね?あとそれだとお店の経営傾くんですがそれは。」

まい「毎日が火の車ですしおすし。」

シフォン「まい、だけにですの。」

すぅ「自分の名前と掛け合わせて洒落なんか作らないでください!笑えないですから!」

まい「給料これから酢昆布でいい?」

すぅ「ふざけてるんですよね?ふざけてるんですよね?」


それで成立するのは万事屋だけです。

なんでここの職場の人間はこんなにマイペースなの…。

 

葉月「おねーちゃーん…だめ…?」

すぅ「うっ…。」

 
かく言う私もなんやかんやとこの少女の潤んだ瞳に勝てなかったりするんだけど…。

 
まい「…私はこの幼女に勝てない。弱みを握られている…。」

すぅ「誰がモノローグ作って下さいなんて頼んだんですか!」

 
なんというか…いつも通りすぎて、もう怒るのも疲れてくる。

仕事をしない店長、我関せずのシフォン、子守の私。

……ってこれだめだよね!!?

 
葉月「あ、そうだ、すぅおねーちゃん、これ手伝って?これだけ分かんなかったんだぁ…。」

すぅ「ん?手伝うって…何を?」

葉月「宿題ー。」

 
葉月ちゃんがノートを開いて問題を見せてくる。なになに?文章問題かな?

よし、そんなに悩んでいるならここは私が面倒を見てあげるべきだよね!

流石に小学生の宿題ならお受験でも控えてない限り解けないわけが、

 
すぅ「40枚デッキにおける特定のキーカード2枚を初手5枚のドローにて引き込む確率を求めよ。また、初手5枚のドローにて引けなかった場合その後2枚のドローでキーカードを引く確率はいくつか、過程も筆記して答えよ……。」

 
葉月ちゃんの顔を見る。

 
葉月「………(透き通るような仔犬の目)」

まい&シフォン「……(目を逸らす)」

すぅ「………いやこれ小学生の解く問題じゃないよね!!?」


これ高校生の解く問題でしょ!?

どうしよう…わたし数学苦手なんだけど。

 
すぅ「ちょっとシフォン、小学生が高校生の問題解いてるんだけどどういうことなの!?」

シフォン「どういうことって、決闘者なら当たり前でしょう?」

すぅ「常識が改変されてる!?」

まい「まるで意味がわからんぞ?」

すぅ「それわたしに言ってるんですか!?対象間違ってますよね?」

まい「え?(´・ω・`)」

すぅ「何言ってんだこいつみたいな顔しないでください。」

 
この小学生、不動性ソリティア理論もそのうち履修してそうな気がする。

 
すぅ「ごめん葉月ちゃん…私も解けないや…ほんとごめんね…?」

葉月「むー…。」

 
数学と物理化学は苦手だったんだよね…。

成績表で4以上を取ったことがない…。

 

シフォン「本来なら学校や塾とかで教わることですものね。でも、アイドル活動と並行で勉強も進めてたのならやっぱりすごいと思いますの。」

まい「学業とアイドルの両立、うんうん、これもまたアイカry……痛い、お盆で頭叩かれた…。

シフォン「そろそろ他所からしばかれるですの。」

まい「さーせん(´・ω・`)」

葉月「う~…困っちゃったよ~明日すぐ出す宿題じゃないけど…。」

すぅ「私も調べてみるから…ね?」

葉月「しょーがないなぁー。じゃあ私と決闘で遊んで?いいでしょ?おねーちゃんのプレイング上達にもなるよ?」

すぅ「…わかった。でもあんまりひどい盤面立てないでよ?私そんなに強いデッキじゃないんだから。」

葉月「やったー!」

 
嬉々としてデッキを取り出して準備をする少女を見ていると、私も少し頬が緩んでしまう。

 
すぅ「よーし、なら私もやっと用意できたこのデッキを使わせてもらうよ!」

シフォン「結局いつもと変わりませんわね…。」

まい「そんな感じでいいと思うよ?平穏ってのが一番の幸せですし。」

 
この後、葉月ちゃんに先行クリスティアとアストラム、背徳の堕天使を構えられて蹂躙される展開を味わうことになったのは言うまでもなかった…。

  

翌日。

昨日の葉月ちゃんの宿題の解き方をインターネットで調べ、解法をメモしてから私はカフェに向かっていた。

 
すぅ「ま、やっぱりネットって便利よね…。」

 
調べたいものはだいたい見つかって、あとはそこから少し応用するだけで大体のものには対応できる。

 
対応できないものなんて、数える程度のものなんじゃないだろうか。

 
文明の利器ってものだなぁと考えながら職場までの道を歩いていく。

あとは、あの小学生に調べてきた解き方を教えて…。

 
ガチャッ、

 
すぅ「お疲れ様でーす。シフト入ります。葉月ちゃんは…、」

 
目の前の光景に言葉が詰まる。

店内には数人のお客さんと、シフォンと葉月ちゃん、その内の一人が葉月ちゃんに話しかけている。

 
??「まずは初手5枚で特定の2枚を引ける確率の式を求めようか。葉月ちゃんの場合はどちらも引き込むと条件になっているから、2枚を引いたパターンの手札の数を求めればいい。」

 
女性が葉月ちゃんに昨日の問題をレクチャーしている。

ボーイッシュな髪型、どことなく活動的な印象を与えながらも落ち着きを感じさせる服装。

 
すぅ「永脇さん…?」

??「ん…?あぁ、すぅ君、久しぶりだね。でも、堅苦しいから下の名前で呼んでほしいって前にも言ったでしょ?円華って呼んでよ?」

 
まいログカフェの古い顔なじみ、永脇円華がそこにはいた。

 
ーーーーーーーーーー

 
円華「ん、ありがとう。それではいただきます…と。」

 
私が淹れたコーヒーを飲みながら、円華さんは微笑む。

 
円華「ふふ、以前より美味しくなったね。豆は変わってないと思うんだけど。」

すぅ「特に何も変えてはないんですけどね…。」

円華「淹れ方一つで変わるものだよ、材料は同じでもね。」

 
円華さんの暗い緑の目が私に向けられる。

そんな目を向けられてか、妙に胸のあたりがざわついている。

 
円華「淹れる人の心一つでも変わるって以前どこかで見かけたよ。…うん、そうだね…。今はとても落ち着く味がする。」

すぅ「…ありがとうございます。…ところで、葉月ちゃんの宿題、教えてたんですか?」

円華「ああ、悪いことをしてしまったね。折角調べてきてたのに横取りしてしまったかな。」

葉月「円華さんわかりやすかったよー。」

すぅ「数学科…でしたっけ。」

円華「そう、数学科。」

シフォン「ところで今日はなんの用事でしたの?」

円華「うん、その話なんだけど。オーナーが不在だからね、また今度にするよ。」

 
オーナーは今日は外出だっけ。

確か1日戻らなかったはず。


円華「それにしてもここはあまり変わらないね、街の周りだと開発とかで景色がすぐ変わるけど、なんというか安心するよ。」

シフォン「変わらないひと時を提供するのも、このカフェの役目の一つですわ。」

円華「老後になってもそうだといいね。」

シフォン「あら、老後まであの自堕落系オーナーの面倒を見れるなんてそれは嬉しいですわ。」

 
あ、シフォンの表情に筋が入った。

 
葉月「円華おねーさん。」

円華「なんだい、葉月ちゃん。」

葉月「遊んでー。」

シフォン「待つのですわ、そこの小学生。」

葉月「えー、なんでよー。宿題ならちゃんと終わったよー?」

シフォン「今日はコレを使ってもらいますわ。お店の貸し出しデッキの試運転に協力するですの。」

 
ぶーぶーと、文句を垂れる葉月ちゃん。

まあ、堕天使を使って一方的なゲーム展開なんてしたら確かにゲームとしては成立しないからね…。

 
葉月「もー…。わかったよー。」

円華「あはは…。ちゃんと我慢して偉いね。それじゃあやってみよっか。」

 
二人で楽しそうに決闘を始める。

すると、シフォンが声を控えめに話しかけてきた。

 
シフォン「何か言いたげですわね。」

すぅ「別に…そんなことないよ。」

シフォン「なら、いいのですけど。」

 
そう言って戸棚の整理を始めるシフォン。

私もストレージのカードの整理を始めた。

カテゴリー別にカードを分けてはいるが、不特定多数が触る以上、やはりカードが混ざった状態で戻されてしまうことがある。

 
葉月「…の効果発動!墓地の…を蘇生するよ!

円華「チェーンして速攻魔法を発動、…逆順処理を行うからこれでモンスターを葉月ちゃんはこのターン特殊召喚できなくなったね。」

葉月「嘘でしょー!?」


後ろから葉月ちゃんの声やお客さんの談笑が聞こえる。

楽しくやれているならそれでいいと思う。

うん…そう思おう。

ストレージを整理しながら、いつのまにか私は後ろから聞こえる声を意識しないようにしていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

 円華さんと葉月ちゃんが対戦を終えてからちょっとした頃には、葉月ちゃんはなれないデッキを使って頭を働かせすぎたのか、眠くなってしまっていた。

 
葉月「……うー……。」

 
眠そうに瞼をこすっている。

円には橙に染まり始めた夕日が見える。

シフォンは材料置き場で食材の在庫の確認に行っている。

 

円華「あはは…まあ、慣れないデッキを使って頭を使い過ぎたらそうもなるかな。」

すぅ「ご、ごめんなさい…」

円華「すぅ君が謝ることでもないよ。子供ってそういうものさ。」

すぅ「は、はい…。」

 
コテン、という感じに葉月ちゃんはそのまま眠ってしまう。

 
すぅ「円華さんは子供の接し方も得意そうですね…なんでも知ってる感じがします。」

円華「そうでもないさ、なんでもは知らないよ、知ってることだけだから。」

 
それに、と言葉を続ける円華さん。

 

円華「この子でしょ?小学生アイドル。」

すぅ「…知ってたんですね、隠すつもりはなかったんですけど…。」

円華「不用意にお客さんの情報は話さない。別におかしくないよ。」

すぅ「………。」

円華「立派だと思うよ、この子は、大勢の人に求められて、その求められたもの以上のものを返すために頑張った。

そんな少女に縁遠かった平穏な日常を与えたいから君は彼女と触れ合っている……かな?」

すぅ「そう……ですね……。」

円華「兎にも角にもちょっと安心したよ。楽しくやれてるようで。」

 
ドアに手をかける円華さん。

 
円華「じゃあ。」

 

そう言って、彼女は店を出て行った。

どっとため息がでる。

 
……正直な話、私はあの人が苦手だ。

年もそんなに離れてないのに飄々としてて、自信ありげに見えて、卒なく大半のことがこなせそうな円華さんが。

多分、本当はこの子やこの場所に依存してるのは私の方だってことも薄々察してるんだろう。

 
なんだか自分がバイトを始めた頃に戻ってしまったような錯覚に陥る。

 
葉月ちゃんは静かに寝息を立てていて。

 
すぅ「私は…。」

 

それ以上後に続く言葉は出なくて、

私はそんな彼女の頭をただ撫でていたのだった。

 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 
…ベンチに一人で腰掛ける。

怒鳴られた体がまだ恐怖で震えている。

 
怖い。

逃げ出してしまった。

 
「どうしたんだい?こんな所にいるなんて珍しいね。」

 
声をかけられる。

 
「あ、その…。」

「ゆっくりでいいよ。話してごらん。」

「あ、あの…………。」

 
打ち明ける。

 
「………そっか、でもボクはそれでよかったと思うよ。」

「……?」

「なんでもやり通すことが正解って訳では無いからね。」

「でも…、」

「これからの事で不安かい?なら、ボクにいい提案があるよ。」

「?」

 
この日を境に私の運命は大きく変わった。

今の私がいるのはまず、この人のおかげだ。

賢くて、容姿端麗で、見る限り欠点なんてどこにもないような人が手を差し伸べてくれたからだ。

 
…だからきっと私はそんな眩しい人を前にした時に、

 
直視できなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数日後、TCGまいろぐカフェにて。

 

まい「い、育成が終わらない…。」

すぅ「いや、そもそも仕事してくださいよオーナー。」

まい「立派に仕事だよ~。うわぁ!凍った!?」

すぅ「剣盾ならまだしもなんで昔の金銀やってるんですか。しかも、れいとうビーム食らって凍ってるし。」

 
最新作ならともかく、何故かこのオーナーは第二世代のゲームボーイカラー版の金銀をやっている。

てか、よく昔のゲームボーイカラーなんて持ってるよね…?

普通壊れて使い物にならないよ…?

お店には私とまいと、シフォン、ロックさん、円華さん、数人のお客さん。

 
ロック「やはり連続で転がるあの暴れ牛はストーリーの鬼門だったでござるなぁ…、さすがはア○ネ氏でしたよ。」

まい「いいえ、やっぱりミカ○でしょ。」

ロック「なにをいうでござる!

勝負に負けて大泣きする姿はやはり何度見ても嗜虐心をそそられるでござろう!

ついでに言うとやはりモーモーミルクが飲みたいでござる!」

まい「とんでもないわ!灯台の○ンリュウを健気に気遣うあの優しさこそ庇護欲をそそられるんじゃない!お世話されたいしお世話したいわ!」

すぅ「とりあえず仕事しないなら二人揃って出ていってください。」

二人「(´・ω・`)そんなー」

すぅ「ダメです」

二人「(´・ω・`)」

すぅ「出荷しますよ?」

二人「ドナドナドーナー、ドーナー、こうしをのーせーてー」

すぅ「出ていけぇ!」

シフォン「なんか、荒れてますわね…。」

 

……ストレスがやばい。

この数日、作業が不思議なくらい捗らない。

 

すぅ「しかたないじゃん、シフォン。こんなアホ丸出しの会話してたら多少は怒りたくもなるから…。」

シフォン「棘の量がたまに私以上になりますわね、すぅは…。」

 
向こうのカウンターテーブルに座っていた円華さんが声をかける。

 
円華「うーん、聞いてはいたけどやっぱりロックさんも面白い人だね。なんというか全力で笑いを取りに来てる感じがするよ。シフォンもそう思うでしょ?」

シフォン「笑いというよりデリカシーがないの間違いではなくて?」

円華「その割には笑ってるよ?シフォンさん。」

シフォン「失笑というのですわ。」

ロック「これはまた見るからに美少女でござるなぁ、…おや?これは珍しい、翠眼でござるか。」

円華「よくご存知ですね、知識も深そうだ。」

ロック「いやでござるなぁ、アニメやラノベで得た程度の知識でござるよ。」

円華「知識の出所に貴賤はないよ。興味と関心が人を成長させるものさ。ボクは好きだよ?自分の欲求にまっすぐに進んで学べる人。」

ロック「突然の告白キタコレ!!うっひょおわぁあぁぁぁぁ!」

シフォン「若干貶されてることに気づいてないですの…。」

まい「一時の夢でも彼にとっては代え難いものだからね(´・ω・`)」

すぅ「うわぁ…。」

 
円華さんは今日初めて会ったはずのロックさんとも打ち解けている。

なんて言うのだろうか、こう、初対面の人間でも上手に馴染めるのはある種の才能かもしれない。

そう言う類のスキルは私は持っていなくて、やっぱり円華さんが羨ましく思う。

 
すぅ「はい、ロックさんと円華さんの珈琲です。」

ロック「いただくでござる。」

円華「ありがとう。」

 
珈琲をすする二人。

円華さんはそのまま何故か珈琲を口元から離さない。

味を楽しんでるんだろうか…。

 
ロック「すぅ殿は好きなジムリーダーはいるでござるか?やはり最近の流行は◯バナでござろうか…。」

すぅ「いや、そもそもなんで私が剣盾購入してやってる前提なんですか。」

ロック「いつの時代もイケメンは優遇されるものでござる…うう!くやしいめう!くやしいめう!」

すぅ「人の話聞いてください。」

円華「苦労してるね…すぅ君も、ロックさん、ボクでよければ少し話に付き合おうか。」

ロック「親密度上昇フラグキタコレ!」

シフォン「自分から全力でフラグを叩き折りに行きますわね…彼。」

まい「それが彼の生き方なんだよ…。それしかできないの…。彼は悲しい愛の戦士なのです。」

 
気がつけば彼女が話題の中心にいる。

……胸が締め付けられる感覚、目の前の光景がどんどん遠ざかっていく気がして。

 
円華「…?すぅ君、どうかしたかい?」

すぅ「えっ!?そ、そんなことないですよ!?」

円華「そうかい?…ずいぶん暗い顔をしてたけど?」

すぅ「……すいません。」

 
見抜かれてる気がする。

 
円華「何か悩んでるのかい?」

すぅ「いえ…そんな…。」

 
フッと表情を緩め、向き直る円華さん。

 
円華「そういえば伝えてなかったけど、最近また顔を出したのは君が気になったからなんだ。ちゃんとやれてるかなって。」

すぅ「……以前よりも随分と良くなりました。お客様ともだいぶ親しくなれてますし…、これも円華さんのおかげですよ。ありがとうございます。」

 
心にも思ってないくせに、よくそんな言葉が出てくる。

 
円華「…そうでもないさ、結局のところ自分のエゴだったから。目の前で困ってる人を放置していたら自分が気持ち悪い、そんな程度のことだよ。」

すぅ「それでも、立派ですよ…。私なんか全然ダメですし…。」

円華「すぅ君?」

 
チカチカ目の前が全く違う場所に切り替わる。

TCGまいログカフェじゃない、別のお店に。

 
…ダメだ、余計なこと考えてちゃ。

仕事もこなさないと。

お客様に不安な表情なんて絶対に見せてはいけない。

食器を洗って、お客様の注文をとって、そうしないとーーー、

 

すぅ「あっ」

 
パリィィィン!!!

 
すぅ「ーーー痛ッ!!」

シフォン「すぅ!?」

 
手の甲に走る痛みに咄嗟にうずくまる。

 

シフォンが駆け寄る。

私の手の甲は落とした食器の破片で裂傷ができて血が滲んでいた。

 
頭の中が真っ白になる。

 
すぅ「…ひっ!…ごめんなさい!すぐに片付け、」

 
ガシッ、

 
私の両の腕をシフォンは掴んでいた。

そのままシフォンは何も答えず、私の腕をゆっくりと降ろしたあと破片をあっという間に処理してしまう。

 
シフォン「……。」

すぅ「…あの…シフォンさん…?」

シフォン「ちょっと来なさいですわ。」

 

手を掴んで裏の休憩室に連れて行かれる。

椅子に座らせた後、シフォンはそのまま救急箱を取り出して私の傷の手当てを始めた。

 
シフォン「…染みますわよ。」

すぅ「……!……痛い…。」

シフォン「当然ですわ。」

 
こんな風にしてもらったのは、いつ以来だろう。

 
シフォン「…何があったか、話せますの?」

すぅ「………。」

 

気まずい。

 
シフォン「…すぅ、貴女はここに来てからずっと一緒やってきた私のことは信じられませんの?」

 
ギュゥゥゥゥッ!

ガーゼの上からテープで思いっきり縛られた。

 
すぅ「痛たたたたた!シフォン!痛…?」

シフォン「………。」

 
ジッと、潤んだ薄桃色の瞳が私を見つめていた。

その顔は悲しそうで。

ちょこんと乗っかったヘッドドレスが上下に揺れている。

 
それもそうだ、こんな調子ではシフォンは心配する。

少なくとも今は円華さんより、まいやシフォンとの付き合いの方が長い。

彼女だって私のことをずっと見てくれていたのだから。

 
すぅ「……ごめん、シフォン…。」

 

ーーーーーーーーーー

 

ここに来る前のアルバイトで円華さんに助けてもらっていた事。

酷いパワハラで苦しんでいた事。

円華さんが店にいると以前の職場を思い出して仕事に集中できなくなる事。

 
…そして、助けてくれた筈の円華さんをどうしてか好きになれなかったことも。

 
シフォンは黙って私の話を聞いていた。

 
すぅ「……情けないよね。」

シフォン「そんなことありませんわ。人間、どうしても引きずることくらいおかしくないですの。」

すぅ「でも、やっぱり失礼だよね…。」

シフォン「ええ、『お客様』には大変失礼ですわ。」

すぅ「ふぇ?いだだだだだ!」

 

更にきつく縛られる。

 

シフォン「そんなことで悩むくらいなら、仕事終わりにLIN〇でも使ってさっさと言ってやればよかったのですわ、貴女の顔を見てたら、前の職場を思い出して仕事に集中できないって。」

すぅ「いや、それ絶対ダメで、」

シフォン「ええ、知ってます。故に二択ですの。貴女がこれから先も我慢するか、それでも面と向かって洗いざらいぶちまけるか、選びなさい。」

 
ハァと溜息を付かれる。

 

シフォン「月並みな言葉ですけど、完璧な人間なんていませんの、どこをどう取り繕っていたって、ボロなんてでますわ。

それに…、私は今『お客様』とは言いましたけど、もう貴女と円華さんの関係はそうではないのでしょう?

なら個人として向き合いなさい。それが1番手っ取り早い方法ですわ。」

 
本当、不器用なんですから、と続けるシフォン。

 
シフォン「さあ、出来ましたわ。行きますわよ、すぅ。」

 
服の裾をパンパンと払い、シフォンは立ち上がる。

 
シフォン「大丈夫、貴女ならできますわ。」

 
そう言ってカウンターに歩いて行った。

私もぎこちなく立ち上がって店内のカウンターに向かう。

 
まい「あ、やっとでてきた。」

シフォン「お待たせしましたわ。」

まい「レイドバトル乗り遅れちゃったじゃない。」

すぅ「いや、開口一番目にそれですか。」

まい「当然よ、記事のための情報収集は何よりも優先されるんだから。」

ロック「毎度思うのでござるが、この店長さんよくお店が経営できるでござるな…。」

 
いえ、全くもってダメです、お察しください。

 
まい「で、用事は終わった?すぅとシフォンが働いてくれないと私が本来の仕事に戻れないじゃない。」

シフォン「この駄目オーナー少ししばいていいですの?」

すぅ「んー…いいんじゃないかな、アハハ……。」

ロック「店員からしばかれる店長とは前代未聞でござるな。」

まい「なんでよ!ちゃんと二人がいない間やってたんだからね!?」

 
自然と笑顔が溢れる。

そうだった、だから私はここで続けられるんだ。

 
円華さんに向き直る。

そして、

 
すぅ「ごめんなさい、円華さん。」

 
頭を下げる。

 
円華「……。」

すぅ「私のことをずっと気にかけてもらってたのに、私……、私、円華さんとちゃんと向き合えていませんでした。どうしても、やっぱり前の場所を思い出してしまうんです。

分かってました。

自分が此処のメンバーに依存してたことも、救ってくれたはずの円華さんに…自分が嫉妬してたことも。」

円華「……。」

すぅ「だから…本当にごめんなさい、そして、ありがとうございます。

でも、大丈夫です。私、此処ならちゃんとやっていけますから。」

 
円華さんは少し目を伏せて、そのまま黙っている。

 
ロック「すぅ殿…。」

 
円華「いいんだ、すぅ君。」

すぅ「え…。」

円華「誰もが自分の感情を綺麗に割り切ることなんてできないよ。」

 
コーヒーの入ったカップを傾けながら円華さんは続ける。

 
円華「それにボクも薄々察してた。君が葉月ちゃんや、此処のメンバーに依存気味なのも。」

まい「コーヒーの味を気にしてたのは…。」

円華「何だかんだオーナーも目敏いね。その通りだよ。すぅ君の淹れる珈琲の味で状態がある程度察せたからね。

それに、ボクも君がそんな状態になっても無理やりボクに好意的に接しようとするって分かっていた、ううん、甘えてたと言うべきかな。

とは言え……この調子だとすぅ君がこれから先もやっていけるかどうかはちょっと不透明だ。」

すぅ「えっ。」

円華「そりゃね?人を気にして皿を取り落として怪我してるようだと不安にもなるさ…。オーナーさんとの用事と付き合いもまだボクはしていかないといけないし。」

シフォン「まあ、そうですわね…。」

円華「と言う事で、決闘で白黒つけよう。」

すぅ「はい?」

円華「君がこれからもやれるかの確認の意味も込めてだよ。すぅ君が勝ったらボクが出て行く、少なくともお店には顔を出さない。って条件でどうかな?」

 
待って待って待って!そんな条件飲める訳ないから!

 
すぅ「だ、ダメです!私情を理由にお客様の出入りを禁止するなんて!」

円華「そうかもね。でも、ボクと君の関係はお客様、なんて一言で終わる物でもないんじゃない?」

すぅ「だとしてもです!だとしても…そんな…!」

 
そんなふざけた理由で出入り禁止をして良い訳が、と言おうとした瞬間だった。

 

まい「やってみたら?少なくとも、此処で言い合いなんかするよりはよっぽど潔いし。」

すぅ「オーナー!?オーナーまで何言ってるんですか!」

まい「じゃあこうしましょう、やらなかったらクビで、あと負けたら減給と葉月ちゃんとの接触禁止ね?」

シフォン「まい!」

ロック「シフォン殿、オーナー殿はこう言いたいんでござるよ、決闘で円華殿と向き合うべきだと。

少なくとも今やらずに逃げる事は一番最悪の選択肢でござる。どっちもこれから一生後悔してしまうでござるよ。」

すぅ「ロックさん…。」

円華「…ダメかい?すぅ君。」


………目を閉じて少し考える。

思い浮かんだのは、以前の職場。

苦しい場所から助けてくれた人にまっすぐに向き合えなかった。

いろんな人の助けがあって、今、やっと向き合う機会が目の前にある。

なら、私は…私がやらなきゃいけないのは…、

 
すぅ「……わかりました、やります。でも、私が勝ったらお店に来ないなんて言わないでください。…ちゃんと、向き合いますから。」

 
デッキを取り出して、円華さんに向ける。

 
すぅ「ちゃんと弱かった自分と決別するために、あなたと戦います。」

円華「……フフッ、それでいい、それでいいんだよ。でも、やるからにはボクも全力だ、少なくとも簡単にはやられないよ?」

 
同じくデッキを取り出す円華さん。

 
すぅ「望むところです。」

 
こうして、お互いに自分にけじめをつける為の決闘が始まった。

 
二人「ーーー決闘!!」

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  

「初めまして…。」

「……。」

「この子が昨日連絡してくれた新しいバイト志望の子ですの?」

「そう。根は真面目そうだし多分ここならあうんじゃないかな。」

 


緊張で体が強ばる。

目の前の小柄な女性は口元で手を組み、私を品定めしている。

 


「で、なんで某司令の真似なのさ。そんな圧かけなくても大丈夫でしょ。」

「……ま、そうよね!歓迎するわ!ああ、緊張しなくて大丈夫、ここ緩いから。」

「店長自ら緩いからと言うとブラックの匂いが強くなりますわよ?あと自ら緊張させる要因になっておいて何言ってますの?」

「(´・ω・`)」

「アハハ……。」

「じゃ、ボクはこの辺で。」

 


女性はあっさりと立ち上がってお店を出ていってしまう。

 


「……、そうそう、言い忘れてた。」

「なんですか?」

 


店長と呼ばれてた女性は私に向き直って、にっこりとして告げた。

 


「ーーーーーーーーーーーー、ーーーー。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー